なぜ痛むのか?

 

 痛みは筋肉・関節・内臓などいろいろですし、その考え方もいろいろありますが、ここではより簡単に説明をしてみます。体は何をするにも全身が協力して働くのが理想です。この場合は負担や疲れは全身に分散されることになりますが、そこに偏りが生じると負担や疲れも偏ることになります。そうして部分的に負担や疲れが集中すると、限界を超えた時点で「痛み」が生じることになります。この「偏り」とは日常のクセと言い換えてもいいものです。全身を常にバランスよく動かしているのでない限り、家事や仕事・勉強などでの体の偏った使い方が「クセ」として体の動きそのものを偏らせてしまうのです。

 

 筋肉でも全身の筋肉が「仲良く」動く人では、ある動作に必要な筋肉が動く時、その周囲の筋肉も助けるように動くことで、広範囲での筋肉同士の協力が起こっているのです。これに「偏り」が生じると、ある動作では協力するのに、それ以外の動作では協力しない、といった筋肉同士の協力にも偏りが生じてしまうのです。単純には筋肉同士の仲が悪いということです。これは関節でも同じで、ある関節にばかり頼るようなクセがついてしまうと、何をやってもその関節にばかり負担や疲労が集中するので「なかなか治らない」ということになるのです。

 

 内臓もこの延長で話をすると、体の動きに偏りがでれば、それは姿勢や動作の歪みとして、内臓の働きにも大きく影響します(もちろん内臓そのものに痛みの原因があることは多いですが)。ある姿勢や動きのクセから、特定の内臓が常に緊張して働きが悪くなることは珍しくありません。こうした体の偏りは誰にでもあるものですが、体はそうした偏りが気にならないよう、常に全身でうまくバランスをとって修正するからです。ただこうした修正を繰り返すうちに、どうやっても修正しきれなくなるとそこで「痛み」が生じることになります。痛みというのは「もう修正しきれません」という限界のサインなのです。

 

 多くの方は痛みを突発的に起こった問題のように考えがちですが、実際にはこうした蓄積があって生じるものです。痛みが「クセになる」というのは姿勢や動きのクセが変わらないと同じ場所に負担や疲れが溜まり続けるからです。痛みの箇所とは本来は広範囲で分担すべき負担が集中した場所なので、その場所だけを治そうとすると、痛みの感覚は消えても負担は変わらず悪化していったり、再発を繰り返して慢性化したりします。痛みは「姿勢や動きが相当偏っていますよ」というサインなので、痛みの有無だけに拘らずに体操や運動で全身が「仲良く」動くようなバランスの回復を図ることが大切です。

 


 

なぜ病気になるのか?

 

 まず最初に、野生動物は疫病を除けば滅多に病気で死ぬことはありません。 不調になれば自分で体を休め、早期の回復を図るからです。自分の体の状態に敏感であれば、不調を感じた初期の段階で安静に休むことで悪化しないうちに対処ができます。しかし人間のようにあれこれと忙しい生活では、日常的に自分の体を意識している余裕がないので、体からは「不調」のサインが出ていてもそれを見逃してしまいがちです。いつも「調子が悪い」と言っている人はまめに体を休めているので大病せず、逆に病気知らずの元気な人こそ神経の興奮で鈍感になっているので「あんな元気だった人が…」となったりするのです。

 

 体は神経の高ぶりによって、疲れている状態も「元気だ」と感じてしまいます。運動会の興奮状態では疲れを感じないように、忙しい環境で何か集中していると、その間は疲れや痛みを感じにくくなります。またそうした環境に慣れてしまうと日常に戻ってもそうした状態のまま生活してしまうのです。そうなると常に興奮しているようなものなので、誰よりも疲れやすい生活をしているにも関わらず、その疲れを感じなくなってしまうのです。こういう人に限って、長期間の休みや長時間の睡眠で神経が休まると「調子が悪い」と感じて、休むことを嫌ったりするのです。

 

 これは仕事をしている方に限らず、学生の方でも家庭の主婦の方でも起こるものです。問題は目に見えるような忙しさより、「気が休まらない」といった内面的・感覚的な忙しさなので、誰にでも起こり得るのです。こうした日常的な興奮状態は「自律神経」の異常として内臓の諸機能に大きく影響を及ぼします。自律神経とは昼間に体を活性化させる「交感神経」と、夜に体を回復させる「副交感神経」のバランスのことですが、これが交感神経の側に偏りすぎてしまい、副交感神経による回復が著しく不足してしまう状態です。多くの病気とはこれを発端とした回復力・免疫力の低下から起こるものです。

 

 どんな病気になるにしても、それは人それぞれの「弱い場所」から壊れていった結果なので、問題は「○○病」それ自体ではなく、それに至った日々の回復力・免疫力の低下です。回復するには、それまで体に積もり積もった潜在的な疲れを、質のよい睡眠を多く取ることで解消していくしかありません。そもそも人間の体は睡眠以外では根本的に回復しないものです(薬や食べ物で元気になるのは一時的な活性化であって回復ではない)。普段に睡眠が十分でない人が長時間の睡眠で具合が悪くなるのは潜在的な疲れを実感するからで、そうして疲れを表面化させるところから本当の回復は始まるのです。

 


 

なぜ治らない?

 

 病院に通ってみても治らない。他をいろいろ試してみても治らない。そんな痛みや病気は多くあると思います。体が悪くなった状態からなかなか治らない・変わらないのは、体がその状態で「安定している」ということを意味します。誰しも場合は負担や疲れは全身に分散されることになりますが、そこに偏りが生じると負担や疲れも偏ることになります。そうして部分的に負担や疲れが集中すると、限界を超えた時点で「痛み」が生じることになります。この「偏り」とは日常のクセと言い換えてもいいものです。全身を常にバランスよく動かしているのでない限り、家事や仕事・勉強などでの体の偏った使い方が「クセ」として体の動きそのものを偏らせてしまうのです。

 

 筋肉でも全身の筋肉が「仲良く」動く人では、ある動作に必要な筋肉が動く時、その周囲の筋肉も助けるように動くことで、広範囲での筋肉同士の協力が起こっているのです。これに「偏り」が生じると、ある動作では協力するのに、それ以外の動作では協力しない、といった筋肉同士の協力にも偏りが生じてしまうのです。単純には筋肉同士の仲が悪いということです。これは関節でも同じで、ある関節にばかり頼るようなクセがついてしまうと、何をやってもその関節にばかり負担や疲労が集中するので「なかなか治らない」ということになるのです。

 

 内臓もこの延長で話をすると、体の動きに偏りがでれば、それは姿勢や動作の歪みとして、内臓の働きにも大きく影響します(もちろん内臓そのものに痛みの原因があることは多いですが)。ある姿勢や動きのクセから、特定の内臓が常に緊張して働きが悪くなることは珍しくありません。こうした体の偏りは誰にでもあるものですが、体はそうした偏りが気にならないよう、常に全身でうまくバランスをとって修正するからです。ただこうした修正を繰り返すうちに、どうやっても修正しきれなくなるとそこで「痛み」が生じることになります。痛みというのは「もう修正しきれません」という限界のサインなのです。

 

 多くの方は痛みを突発的に起こった問題のように考えがちですが、実際にはこうした蓄積があって生じるものです。痛みが「クセになる」というのは姿勢や動きのクセが変わらないと同じ場所に負担や疲れが溜まり続けるからです。痛みの箇所とは本来は広範囲で分担すべき負担が集中した場所なので、その場所だけを治そうとすると、痛みの感覚は消えても負担は変わらず悪化していったり、再発を繰り返して慢性化したりします。痛みは「姿勢や動きが相当偏っていますよ」というサインなので、痛みの有無だけに拘らずに体操や運動で全身が「仲良く」動くようなバランスの回復を図ることが大切です。

 


 

どうすれば治る?

 

 病気でも痛みでも、体が悪くなったとします。それがなかなか自然に治らないとして、その要因は大きく2つ考えられます。1つはそれまで健康だった体が悪くなったということを、「何かが変わった」と考えるものです。ケガでも周囲環境でも、何か「きっかけ」があって、そこで体(意識から体に影響という場合も)に大きな変化が起こります。この変化が一時的なもので消えていくか、順応できれば問題はないのですが、その変化を体がうまく受け入れることができない場合、体の問題は「なかなか治らない」となります。直接的に身体的に無理をしたとか、ケガをしたとか、内臓を痛めたなどの問題です。

 

 こうした身体的に直接の要因がない場合は、環境や人間関係などでの大きな変化が身体的に強く影響している可能性があります。それまでが健康であったとして、それがこのような変化によって体が変化し、それをうまく消化・順応ができないということです。こうした場合はその「きっかけ」を思い出したり意識したりすることだけでも、体が変わることもあります。「きっかけ」の前の健康な状態と、いまの不調の状態を比較することで、何が「変化」であったのかが明確になれば、対処方法も出てくるわけです。もちろん外からの治療などで体の回復力が増せば、滞っていた自然治癒力が機能し、順応に繋がっていくこともあります。

 

もう1つは、それまでの生活そのものに問題があって、そこで蓄積してきたものがある時に噴き出したという場合です。こちらは「蓄積」が原因であるのに症状自体は急に起こるものなので、本人の中になかなか「日常の生活の中に問題がある」と捉えることができません。しかし、そう捉えない限りは問題は現在進行形として蓄積し続けることになるので、なかなか治りません。これは上記と同様に、ちょっとした体の使い方や昔のケガの影響であったり、意識の側の問題が体に影響している可能性があります。

 

 ここでは体の側の問題に話を限定しますが、誰しも成長過程で「体の使い方」を覚えるのは、人に教わるのではなく自分で感覚的に行うものです。そこでもし誤りがあっても、本人にとってはそれが「慣れ」として使いやすい形なのですから、それを間違いであると認識することはできません。そうした動きを正すのに多くの体操や健康法が適しますが、難しい動作を行いながらでは長年のクセはなかなか変わりません。一つの方法として「ただ歩く」ということを長時間行うと、最初は個人のクセが強く出た誤った動きであったとしても、時間が経つにつれて徐々に効率のよい自然な正しい動きへと変化していきます。