
身体の捉え方はいろいろですが、その1つの区分けの仕方として「体壁系と内臓系」という線引きがあります。これは身体に対するイメージが運動器系(体壁系)に豊富であるか、内臓系に豊富であるかの違いです。簡単には「身体」と言われてイメージするものが運動器主体の身体観であるか、内臓主体の身体観であるかの違いです。そして多くの現代人は「内臓のことは分からない」と、身体のイメージが体壁系に偏りがちです(手足が動くのと同じように内臓の動きをイメージできるという人は少ないと思います)。内臓によって「生かされている」にもかかわらず、内臓のことは後回しなのです。 「男性は筋肉が多く、女性は筋肉が少ない」当たり前のことですが、この違いが意味するものは、「立つ(身体を支える)」ということにおいての意識・感覚の違いです。男性はその支持を運動器=筋骨格系に頼っています。しかし男性より筋肉が少ない女性は、その足りない分を内臓の圧力等で補うことで、「立つ(身体を支える)」ということを成立させています。いえ、そもそも身体を支えるということは、筋骨格系という柱に内臓等の「中身」が伴うことで安定・成立するものなのですが、それがいつしか「身体を支えるのは筋骨格系」というイメージが定着してだけのことです。身体は内臓=中身の充実があって、はじめて「正しく立つ(身体を支える)」ということができるのです。 こうしたことは「男性は体壁系の感覚に優れている」「女性は(男性に比べて)内臓系の感覚に優れている」と置き換えることができます(これには「生理」という日常的な内臓感覚の体験も大きく影響しています)。よく男性は「理論的」、女性は「感覚的」と言われますが、これがそのまま当てはまるのだと考えて下さい。そして多くの手技療法は運動器の痛みをとるなど、体壁系主体の感覚によって組み立てられたものが圧倒的に多いのが現状です。仮に内臓系の感覚に秀でている女性がいたとして、そうした人が「体壁系主体の療法」でその力を発揮しようとしても、難しいことは容易に想像して頂けると思います。多くの女性はどちらかといえば「内臓系主体の施術(内臓系を意識した身体の診方)」において、その力を発揮しやすいものです。 これを書いている私は男性ですが、自分が男性であることによる「体壁系優位の感覚=内臓系の感覚の不足」は常に自覚しています。私に分からないこと、できないことを、それが分かる女性の施術者が行ってくれればいいのだと思っています。手技療法の世界は男性優位で、女性の地位は未だ低いものですが、女性が「男性感覚的な療法」に合わせようとするのではなく、女性的な感覚(内臓系の感覚)を生かして「男性にできない(苦手な)こと」の中で力を発揮していければ、男性と女性の施術者は互いの不足分を補い合うという対等以上の立場になるのだと思います。「なでしこ」はこうしたことを目的とした勉強会です。 ただ、女性が男性に比べて「内臓系優位の感覚」を有しているといっても、現代の女性ではその感覚が大きく失われているのが現状です。内臓系の感覚が希薄な方(女性)にとっては「そう言われても私には分からない」となることでしょう。ただ、実際にそうした施術の訓練をしていくと、男性より女性の方が圧倒的な早さで内臓系の感覚を理解してくれます。こうした経験を踏まえて、女性は体壁系より内臓系を主体に身体を診る感覚に優れていると思うのです。これは「女性が体壁系の施術に向かない」ということではなく、体壁系を扱うにしても、内臓感覚を踏まえながらそれを行っていくことで女性ならではの施術ができるということです。女性の「筋肉が少ない=力が弱い」というのはマイナスではなく、内臓系の感覚が充実しやすいという強いプラスの要素なのです。
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