2月19日提出分 『組み込むということ』


 腰痛でご来院された方。身体の全体的な捻れが強く、下肢に上体が上手く乗れていませんでした。
足部の施術で指に力が入るようにしていき、下腹部の機能を回復させるところから始めました。2回目の施術で足部が安定してくるとともに下肢の血液循環も回復してきました。最後に頭部の緊張が残り、顎をやっても眼をやってもどうしても抜けなかったのですが、日曜セミナーで米田先生から教わった脊椎周りの緊張を抜く施術を行ったところ、ご本人にも『これまでの中で一番「ここ」っていう位置に頭が納まった感じがします。』との感想をいただきました。
 腰痛は二回の施術で治まったのですが、全身を統一させるまでやらないと、また元に戻ってしまいます。そこで、最後は抜けなかった頭部の緊張を抜くことに集中したのですが、『こうしたい!』というイメージがあっても、これまではなかなか上手くいかなかったのです。

 方法を探していると同じことを教わってもそれが身になります。探していないとただ聞くだけで、『そうなんだな』と思う受身の姿勢で止まることになってしまいます。
 例えばすごい技術を教わっても、それを説明している先生の方法(理論)と自分の戦略(施術の組み立て)に差異があるとします。そうすると、どんなにすごい技でも一つの形を成しません。個の特異性というのがあって、そこに一つずつ欲しいものを色づけしていくと自分のモノになるけれど、何もない(考えない)まま受け入れたとしても、自分の組み立てとは繋がりのないただのモノになってしまいます。
 その違いが実はずっと分からなかったんです。何かを教わってもそれをただずっとやる。そうすれば症状は良くなるものだと思っていました。自分の施術の組み立ての中に『組み込まれて』こそ初めて意味を成すことなのだと、最近になってようやく理解できてきたのです。

 振り返ってみると今までなら分からなかった症状でも、その方の現在の状態と、この先どう変化していくのかの説明が以前よりも出来るようになってきたのを感じます。頭の中で説明を考える習慣が出来てくると、組み立ても毎回の施術で気にするようになるからです。
 みんながみんな同じ施術が通用するとは限りません。そこで、こちらの施術を先にしてみる。この方には通用しなかったけれど、あちらの方の症状には合っていた。そういう、毎回の施術での経過をみていく内に少しずつダメなところと良いところが見えてきます。とはいえ、まだまだ経験が浅い私は他の先生方ほど分かってはいませんが、診方や考え方の習慣を変えていくだけで、吸収の仕方が違ってくるということはだんだん分かってきたように思います。

 『立つ、歩く、動く、寝る、呼吸する、食べる、排泄する』愁訴がある方は、こういった日常的に普通に行えるハズのことが何かの原因で上手く出来なくなり、全体のバランスを崩してしまっています。身体はその時々で最善の方法を探していますが、自力では改善(回復)の方向へ向かえなくなってくる時があります。そんな時に施術が必要になってくるのだと思います。体が壊れてしまった原因を探すことは、その方の身体の癖を探すことなのだと思います。癖は本人が自覚している場合とそうでない場合があります。動かなかった場所が動くことで、『動いていなかった』ことを自覚します。日常動作で当たり前になってしまうと、本人が自覚することがなくなってくるので、『自覚する』ということは大切です。
 自分自身の身体で分かっていることは意外に少ないのかもしれません。『昨日は動けたのに今日急に動けなくなった。』昨日から今日の間に進行していったものなのか、今日何かをしてしまったのか、急に何かが起こるということはまずあり得ないので、『現在見えているものの中にある原因を探していくこと』、『施術の中で考える作業を続けていく』、そうすれば、今は分からないことでも分かるようになっていくのではないかと思います。