治療レポート  Tさん

 


 最近新患で来院された方です。愁訴は急性の腰痛、左の足に足底筋膜炎を起こしていて、明らかに足をかばっての不良姿勢が腰部に影響している様子。動作痛がひどく、安静状態から初動する時に特にきついとの事でした。
視診の段階では、腰部以外に上肢の緊張がひどく、体に全く余裕がない状態でした。大概急性の痛みで来院される方は状態がはっきりしていて逆に解除しやすいタイミングであることが多く、僕は急性の痛みを健康回復のチャンスと捉えているのですが、たまにもともとの全身の緊張が更に悪化してしまっている方が居ます。Tさんもその一人でした。
 特徴的なのは、その痛みの原因である部分とそれとは別の緊張が、お互いをプロテクトし合っているような印象を受けます。そういう方は大体治りが悪く、変化を実感する事が難しく、思ったような効果が得られないことが多いのです。
今までの自分では、こういう状態の身体に、治療効果を全体に波及させるには、腹部から、上肢の緊張を解除して、頭蓋でまず神経の興奮を落ち着かせて、などと色々考えてみますが、それではとても間に合いません。なぜなら、相手は急性の痛みで苦しんでいるのでそんな回りくどい施術を受ける余裕はありません。当然、その効果に対する説明を聞いて理解する余裕も無く、局所のみの施術の効果では、望むような安定が得られるようには見えませんでした。
ところが、最近の僕は一味違って、逆に一箇所に時間を取ります。なぜなら、その一箇所でかなりの事を処理できるからです。上記の文章と矛盾しているようですが、そこには秘密があって、それは一箇所から得る情報量の多さと、その操作の精度の二つの違いがあるということです。実際Tさんの場合も足からほとんどのことが出来てしまい、座位で足の拇趾と踵骨の調整で腰部の痛みの半分以上が消失し、その他の余計な干渉から来る残りの痛みも手の指から全体を開放していくことで取れてしまいました。もちろん翌週大変な事になって来院してきましたが、それはまた今度レポートします。

なぜこのような治療形態になったかを自分なりに思い直してみますと、最近は患者さんの状態をいろいろな見方で診ることが多くなってきたところからスタートしたように思います。上記の通り、一つの症状には様々な要因が重複して連鎖しています。一つの原因ごとに考えていくとあっという間に手詰まりしてしまうのです。その原因の一つには、身体の事を多面的に理解できるようになったということがあります。確かにそれ自体は、治療に客観性を持たせることが出来るので、良いことなのですが、多面的ゆえに内容が軽くなりやすいという問題もあるのです。最近、そのことについてある気づきがありました。それは、多面的に見るというメリットは残しつつ、ただ手数を増やすということはせずに、一つの治療の質を上げて対応することが大切だということです。去年の僕は、たくさんのセミナーに出て、新しいテクニックや考え方を知れば知るほど治療が上手くいき、治療の効率もあがり、より良い治療が出来ると考えていました。しかし実際に一通り出来てみると、闇雲にやりたいことがどんどん増えていってしまい、治療の時間はどんどん長くなっていってやりすぎてしまい、一つ一つの治療の効果が薄くなってしまっているという状態に陥っていたのです。

そこで、色々考えた結果、今まで習ってきたことを一つの技(一箇所)の中にどれだけ詰め込めるかというのが最近の課題になっています。例えば、Tさんのような一箇所ずつやっていては間に合いそうも無い身体には、一箇所に思いつく限りの施術の効果を詰め込むことによって手数を減らし、その効率を良くすることが、肝心になってくるのです。そして、そこに必要なのは把握する力です。今自分が何を触っていて、狙った変化に必要な触覚をつかめているのか。というのが、大切になってきて、その為に必要なのは、新しいことではなく、初段階の手の使い方と、その一箇所にどれだけ研ぎ澄まして集中できるかということでした。
例えば、いままで診ていた関節のモーションパルペーションなども、本当に細かくみると、それに付着している軟部組織が全体の歪力の影響を受けていて、それによって関節は可動域が狭められてしまっています。そして、その歪みを含めた全体を連鎖している力の流れを一箇所で把握しそれを操作できれば、その施術の効果は全体に影響するものになります。そして、その操作に必要なのは力ではなく、精度の高い技術なのです。大和奥義である『診断=治療』という概念から言えば、どれだけ深いレベルで診断できているかがそのまま治療の精度、効果に反映されることになるのです。